『生き物が生まれる確率というのは、一億円の宝くじに百万回連続で当たったのと同じくらいすごいことだ』
遺伝子学者 木村 資生さんの言葉です。
一億円以上の価値が私たち人間にあるということに気づかされますね。
(人間の価値はお金の価値と比べるものでもないですが…)
あたり前のように生きているけど、この世に生まれてくることは、奇跡中の奇跡。
宝くじにあたることも奇跡中の奇跡。
でも、なんだか、宝くじにあたるほうがしあわせな気分になりませんか?
宝くじにあたるように、自分が存在するだけでも奇跡的でしあわせなことなのに・・・
自分の存在があたりまえすぎて、自分の価値に気づかないってことなんでしょうね。
自分よりも他人の方がしあわせそうに見えて、何をやってもうまくいかない自分にばかり気になって
まだまだ、いまの自分ではダメだ。もっと、もっと、自分を磨かきゃっ!とか、無理して自分の価値を上げようと努力する。
でも、それって、まわりに認めてもらおうとして、無理してるから、心も体も疲れていくだけ
あるネットの記事に
『Facebookをやめるとしあわせになる』と、ありました
Facebookに投稿する話題の中心は、みんなが羨む内容を報告するのがほとんど。
他人の素晴らしい体験を読んでるうちに、知らず知らずのうちに他人を羨む傾向にあると分析していました。
他人を羨むことで、不足感を生み出し、しあわせを遠ざけてしまう。
ということなのです。
特別な何かを成して凄いなぁ〜とか
特別な才能を持ってて羨ましいなぁ〜とか
Facebookを閲覧していると無意識に『他人が自分よりも価値があり特別な人』のように感じてしまう
でも、それはFacebookで見えているだけのたったひとつの側面だけであって、すべてではない。
そうだと、わかっていても、ついつい、まわりの行動が気になって、覗いて。自分と比較しちゃうんです。
承認欲求に疲れてきたら、誰もがおなじ特別な存在だと自分に暗示をかけましょう!!
社会的評価が高い人が偉いわけじゃないんです。
価値ある人間ではないんです。
総理大臣が家庭の主婦になれないように、その人、その人に与えられた役割をこなしているだけのこと。
だから、社長だろうが医者だろうが交通誘導のおじちゃんだろうが、スーパーのレジだろうが、ハルサーだろうが、学者だろうが、みんなそれぞれこの社会にとって必要で生まれた価値ある存在だからそこにいるだけのこと。
偉いとか偉くないとか関係ない。
素晴らしい職業も素晴らしくない職業もない。
それぞれに与えられたことを一緒懸命にこなしていくだけ。
だから、『何を成すか』ではなく『どんな自分で何をするのか』が大事なんだと思う。
しあわせは自分が決める
宝くじに当たらなくても、すでにしあわせってことに気づくことが大事なことだと思います。
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